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東京地方裁判所 昭和44年(ワ)1524号 判決

原告

村田恒雄

外一名

代理人

中村護

平谷敬一郎

中西正義

被告

関東電設株式会社

被告

折尾正文

右被告ら代理人

佐々木秀雄

永吉崇

大西治子

主文

被告らは各自原告村田恒雄に対し金二八万七三八七円および右金員に対する昭和四四年三月一日以降支払い済みに至るまで年五分の割合による金員ならびに原告村田由男に対し金八八三〇円および右金員に対する右同日から支払い済みに至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

原告らの被告らに対するその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを五分し、その四を原告らの、その余を被告らの、各負担とする。

この判決は、原告ら勝訴の部分に限り、かりに執行することができる。

事実

第一  請求の趣旨

一、被告らは連帯して原告村田恒雄に対し一〇〇万円、原告村田由男に対し四二万四三八六円および右各金員に対する昭和四四年三月一日以降支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

二、訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言を求める。

第二  請求の趣旨に対する答弁

一、原告らの請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決を求める。

第三  請求の原因

一、(事故の発生)

原告村田恒雄は、次の交通事故(以下「本件事故」という。)によつて傷害を受けた。

なお、この際原告村田由男はその所有に属する自動二輪車を損壊された。

(一)  発生時 昭和四三年三月一六日午後九時三五分頃

(二)  発生地 東京都府中市新宿八一五〇番地先交差点(以下「本件交差点」という。)

(三)  加害車 普通貨物自動車(以下「加害車」という。)

運転者 被告 折尾

(四)  被害車 自動二輪車(以下「被害車」という。)

運転者 原告 恒雄

被害者 原告ら

(五)  態様 被告折尾は加害車を運転して右交差点を東進中同交差点を南進してきた原告恒雄の被害車に自車を衝突させた。

(六)  被害者原告恒雄の傷害の部位程度は、次のとおりである。

(1) 病名 右下腿骨開放性骨折

頭部外傷

(2) 入院期間 昭和四三年三月一六日から同年一二月一四日まで

二、(責任原因)

被告らは、それぞれ次の理由により、本件事故により生じた原告らの損害を賠償する責任がある。

(一)  被告会社は、加害車を所有して自己のために運行の用に供していたものであるから、後記三の(一)、(二)の損害につき、自賠法三条による責任。

(二)  被告会社は、被告折尾を使用し、同被告が被告会社の業務を執行中、後記(三)のような過失によつて本件事故を発生させたのであるから、後記三の(三)の損害につき、民法七一五条一項による責任。

(三)  被告折尾は、事故発生につき、次のような過失があつたから、後記三の各損害につき、不法行為者として民法七〇九条の責任。

すなわち、同被告は、本件交差点の手前約二〇〇メートルの地点で青信号を確認したが、その後は慢然と信号を確認することなく、本件交差点に時速六〇キロメートル以上の速度で進入したため、一時停止後左右の信号が黄に変つたのを見て同交差点に進入してきた被害車に衝突したのであるから、同被告には信号確認義務違反、前方不注視および制限速度違反の各過失があつたものである。

三、損害

(一)  治療費等

(1) 原告由男はその子である原告恒雄の前記傷害の治療のため合計八七万六八二六円を支出し、同額の損害を被つた。

(2) 原告由男は、原告恒雄が前記傷害により前記の期間入院治療をうけた際、牛乳代一万二二〇五円、衣料品代二二六〇円、看護に通つた原告恒雄の母しなの交通費三六六〇円、合計一万八一二五円の入院雑費を支出し、同額の損害を被つた。

(二)  慰藉料

原告恒雄の本件傷害による精神的損害を慰藉すべき額は、前記の諸事情および次のような事情に鑑み、一〇〇万円が相当である。

原告恒雄は昭和二七年一〇月一日生れの健康な男子で、本件事故当時立川市の昭和第一工業高校一年に在学中であつたが、本件事故により前記傷害を受け、前記のとおり約九か月に亘る長期の入院加療を余儀なくされ、そのため高校二年への進学が出来なくなつたのであるから、その精神的苦痛は甚大なものであつた。

(三)  物損

原告由男は、本件事故によりその所有する被害車を破損され、その修理費として二万九四三五円の支出を余儀なくされ、同額の損害を受けた。

(四)  損害の填補

原告由男は自賠責保険金として既に五〇万円の支払いを受けたので、これを前記の損害額から控除する。

四、結論

よつて、被告らに対し、本件事故による損害賠償として原告恒雄は一〇〇万円、原告由男は四二万四三八六円および右各金員に対する事故発生の日の後である昭和四四年三月一日以後支払済みまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の連帯支払いを求める。

第四  被告らの事実主張

一、(請求原因に対する認否)

(一)  第一項中(一)ないし(六)の(1)は認める。(六)の(2)は知らない。

(二)  第二項中、被告折尾に過失があつたとの点は否認し、その余の事実は認める。

(三)  第三項は、(三)のうち原告由男所有の被害車が破損された事実および(四)のうち自賠責保険金五〇万円の支払がなされた事実は認めるが、(一)の事実および(三)ないし(四)のその余の事実は不知であり、(二)の事実は争う。

二、(抗弁)

(一)  免責

(1) 被告折尾は法定制限速度の時速五〇キロメートルで進行し、本件交差点手前で対面の信号が青であり、明らかに幅員の狭い道路から同交差点に接近してきた原告恒雄も信号に従い停止中であることを確認のうえ、同原告がその後も信号に従つて行動することを信頼して本件交差点を進行したところ、同原告が突如同交差点に飛出してきたため、被告折尾は直ちに急制動の措置を講じたが間に合わず自車を被害車に衝突させたものである。したがつて、被告折尾には運転上の過失はなく、事故発生はひとえに被害者原告恒雄の過失によるものである。

(2) 被告会社には運行供用者としての過失はなかつた。

(3) 加害車には構造上の缺陥も機能の障害もなかつた。

したがつて被告らは自賠法三条但書により免責されるべきである。

(二)  過失相殺

かりに被告らに責任があるとしても、事故発生については被害者原告恒雄の前記の過失も寄与しているのであるから、賠償額算定につき、これを斟酌すべきである。

(三)  損害の填補

原告らは本件事故発生後自賠責保険金五〇万円の支払いをうけたのであるから、右金額は原告らの損害額から控除されるべきである。

第五  抗弁事実に対する原告らの認否

(一)  免責の抗弁事実のうち(1)、(2)は否認し、(3)は知らない。

(二)  過失相殺の抗弁事実は否認する。

(三)  弁済の抗弁事実のうち、原告らが受領した点は否認し、その余の事実は認める(自賠責保険金の受領者は原告恒雄である)

第六  証拠関係〈省略〉

理由

一、(事故の発生)

本件事故の発生に関する請求原因一の事実は、原告恒雄の入院期間の点を除き、当事者間に争がない。そして〈証拠〉を総合すると、原告恒雄の入院期間は昭和四三年三月一六日から同年一二月一四日までであつたことが認められ右認定に沿わない原告恒雄の各本人尋問の結果は前掲各証拠に対比して正確性を欠き採用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

二、(責任原因)

被告らの責任原因に関する請求原因二の各事実は被告折尾に過失があつたとの点を除き、当事者間に争がない。

そこで、まず、被告折尾の過失の有無について判断する。〈証拠〉を総合すると、被告折尾は加害車を運転して本件交差点に向い東進し、同交差点の西側横断歩道の手前(西方)四、五〇メートルの地点で対面する信号機が青色の表示をしているのを確認したうえ、被害車が本件交差点の北側に停止しているのを発見したこと、しかし、被告折尾は本件交差点にさしかかるまでの間に信号が変る可能性があつたにも拘らず、その後は慢然と信号を確認することなく、時速約五〇キロメートルで本件交差点に進入したため、折から右信号が黄色に変つたのをみて同交差点に入つて来た被害車に加害車を衝突させたことが認められ、右認定に反する被告折尾本人尋問の結果の一部は首尾一貫しないところもあり、前掲各証拠に照らして信用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。してみると被告折尾に信号確認義務違反の過失があつたことは明らかである。

三、(免責の抗弁)

被告折尾に過失があつたことは前記認定のとおりであるから、被告らの無過失の主張は理由がなく、これを前提とする被告らの免責の抗弁は爾余の点について判断するまでもなく失当である。

四、(損害)

1  原告由男の損害

九二万〇七二六円

(一)  治療費 八七万六八二六円

〈証拠〉によると、原告由男は原告恒雄の本件事故による傷害の治療費として八七万六八二六円の支出を余儀なくされ、同額の損害を被つたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

(二)  入院雑費 一万四四六五円

〈証拠〉によると、原告由男は原告恒雄の入院期間中(1)同原告の牛乳代一万二二〇五円、(2)同衣料品代二二六〇円および(3)同原告の看護のために通院した母しなの交通費三六六〇円、合計一万八一二五円の雑費を支出し、同額の損害を被つたことが認められ、右認定に反する証拠はない。そして右雑費のうち(1)、(2)は本件事故と相当因果関係に立つことは明らかであるが、〈証拠〉によると、原告恒雄の奥島病院入院中は付添看護を必要としない旨の診断がなされており、また同原告の東京慈恵会医科大学附属病院入院中は完全看護であつたことが認められるから、原告恒雄の入院中の付添看護のために要した前記(3)の雑費は本来必要な費用であつたとは認め難く、結局本件事故と相当因果関係にある損害ということはできない。

(三)  物損 二万九四三五円

〈証拠〉によると原告由男は、本件事故によりその所有にかかる被害車を破損され、その修理費として二万九四三五円の支出を余儀なくされ、同額の物損を被つたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

2  原告恒雄の損害(慰藉料)

原告恒雄が本件事故により前記の傷害をうけ、そのため前記の期間(約九か月間)入院治療を余儀なくされたことは前記認定のとおりである。また、〈証拠〉によると、同原告は本件事故当時昭和第一工業高校の一年生であつたが、本件事故により前記のとおり長期入院をして休学したため、結局一年間留年せざるを得なくなつたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。そして弁論の全趣旨によると、原告恒雄が高校時代に一年留年することにより当時相当の心痛をうけたことが推認されるのみならず、将来就職、稼働期間などについてある程度の不利益を忍ばねばならないであろうことも予測に難くない。以上の諸事実に後記の同原告の過失の点を総合勘案すると、原告恒雄の精神的苦痛に対する慰藉料は五二万円が相当である。

3  過失相殺

〈証拠〉を総合すると、原告恒雄は被害車を運転して南進し、本件交差点に採近したが、自車の進行する道路(以下「甲道路」という。)と交差する道路(以下「乙道路」という。)の信号機が青色を表示していたので同交差点の北側(手前)で暫時停止していたこと、乙道路には右信号機が設置されているのは甲道路には信号機が設置されていず、乙道路の幅員が一三メートルであるのに対し甲道路のそれが7.1メートルであること、同原告はその頃加害車が乙道路を東進して本件交差点に接近して来るのを発見したが、前記信号が黄色に変つたので、加害車が同交差点の手前で停止するものと軽信し、そのまま加害車の動静を注視することなく発進して本件交差点に時速約三〇キロメートルで進入したため、折から同交差点に前記二のとおりほぼ同時に進入してきた加害車と衝突したことが認められ、右認定に反する被告折尾の本人尋問の結果の一部は前掲各証拠に対比して信用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。してみると、原告恒雄の進行中の甲道路には信号機の設置がなく、同原告にとり本件交差点は交通整理が行われていないものというべきであるから、同原告としては明らかに広い乙道路を進行してきた被告折尾の車の進行を妨げてはならない注意義務があるのにこれを怠つた過失があることは明らかである。以上認定の事実に、前記二の被告折尾の過失の態様、程度、さらには前記の加害車と被害車との車種の相違、速度の相違などを総合勘案すると、原告恒雄と被告折尾との間の過失の割合は、同原告につき七、同被告につき三と認めるのが相当である。そして原告由男の本人尋問の結果および弁論の全趣旨によると、原告恒雄は原告由男の未成年の子であつて、原告由男と身分上ないし生活関係上一体をなすとみられるべき関係にあるものと認めることができるから、原告恒雄の過失は原告側の過失として原告由男の損害の算定についても斟酌されるべきである。したがつて原告由男の前記損害額は七割の過失相殺をすると、二七万六二一七円(うち物損八八三〇円)となる。

4  損害の填補

本件事故による損害につき自賠責保険金五〇万円の支払がなされたことは当事者間に争がない。

ところが、右の弁済が原告らの債権についてされたとの被告らの抗弁に対して、原告らは、それが原告由男の債権についてなされた旨主張して争うので、まず、この点について判断する。なるほど、原告由男が原告恒雄の治療費として八七万余円を支出したことは前記認定のとおりであり、また、原告由男の本人尋問の結果および弁論の全趣旨によると、原告由男がその後自賠責保険金五〇万円を受領し、右金員により治療費の一部が弁済されたものと思つていたことが認められる。しかしながら、自賠責保険金は傷害事故の場合には受傷者について生じた諸人身損害(治療費、休業補償、慰藉料など)につき一受傷者に五〇万円(後遺障害補償を除く。)を限度として支払われ、右損害を填補すべきものである。そしてそもそも治療費は、通常受傷者自身がこれを負担することにより損害が発生するからその段階で自ら賠償請求できるものであるが、たまたま親などがこれを払つたときには同人が間接被害者として賠償請求できるものと解されるというに過ぎず、もともと直接被害者の一個の債権と構成しえたものなのである。とくに治療費の弁済受領者が受傷者と同居している親などのように経済的に同一体とみなすべき関係にある場合には、実質的にみると、弁済者に対する関係では親の治療費賠償請求権と受傷者の損害賠償請求権とは必ず截然と区別されなければならないものともいえないのである。したがつて、親の前記のような損害賠償債権への弁済が同人の損害額を越えるときには、弁済金の過払分は親が受傷した子の代理人の資格で子の損害賠償債権に対する弁済として受領したものと解するのが当事者の合理的な意思に合致し、妥当な結果をうるゆえんでもある。さもないと、損害賠償債権は、過失相殺など当事者には不確定な要素があるため、弁済時に必ずしも損害額を確定できないことがあるから、親の債権額が最終的に弁済受領金額を下廻ることが判明したときにまで当該弁済が同人の債権だけについてなされたということになり、債務者に酷に過ぎる(勿論、債務者には不当利得返還請求などの途が残されていないわけではないが、これでしかいけないとするといかにも形式的で煩瑣である。)ばかりでなく、当事者間の合理的な意思にも沿わないものというべきである。

そこで、本件についてこれをみてみると、父親の原告由男が自賠責保険金五〇万円の弁済をうけたが、同原告の人身損害は前記のとおり二六万七三八七円しかないことが判明したのであるから、右保険金はまず右損害賠償債務に弁済され、その残額にあたる二三万二六一三円は同原告が息子の原告恒雄の代理人として受領したものとして原告恒雄の慰藉料五二万円について弁済されたものということができる。してみると、結局原告由男の損害賠償請求権は八八三〇円、原告恒雄のそれは二八万七三八七円となるのである。

五、(結論)

以上判示のとおり、原告らの本訴請求のうち、被告ら各自に対し本件事故による損害賠償として原告恒雄が二八万七三八七円を求める部分および原告由男が八八三〇円を求める部分ならびに右各金員に対する本件事故の日の後である昭和四四年三月一日以後支払済みまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分はいずれも理由があるから、これを認容し、原告らのその余の請求はすべて失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。(加藤和夫)

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